育児体験談一覧【大変だったこと】初めての赤ちゃんで女の子・ママ31歳以上(31人)

育児体験談一覧【大変だったこと】初めての赤ちゃんで女の子・ママ31歳以上(31人)


【大変だったこと】
初めての子育てでしたが、親が亡くなり、義母も頼れる感じではなく、何が何だかわからないままのスタートだったので不安しかなく、最初は全然ミルクを飲んでくれずに、母乳もどれくらい飲んでるかわからないので搾乳して哺乳瓶に移してあげていたので、睡眠不足の中毎日寝不足の中2時間おきの搾乳→授乳→寝かし付けが
とにかく大変でした!揺らしてもミルクあげても寝てくれない時があり、寝かし付けに苦労して、自分の事すらまともに出来ず、トイレに行くのも忘れるくらい大変でしたが、6ヶ月の今は姿見えなくなると泣くようになり余計大変になりました。
産まれた時から寝てくれても呼吸してるかな?という不安もありいまだに寝不足続きです。
【当時】
31歳・主婦




【大変だったこと】
1歳半の頃に、ミルク吐き戻さないように同じ向きにばかり寝かせていて頭の形が歪んでいることに気付きました。
矯正ヘルメットは保険外で自費30万かかるし、このくらいの月齢ではほとんど治らないと言われて主人は私を責めるばかりで子供なんて産まなきゃよかったと思うくらい後悔しました。
毎日そのことばかり考えて今思うとノイローゼ気味でした。
1回1万円かかる子供用の頭のマッサージにいったり、その後頭が歪んだ子が治ったかなどの口コミを探して子育てを楽しむどころか迷走していました。
結局そのマッサージはコロナになり行くのはやめました。
今は髪形などで頭の形が歪んでいることはあまり分かりません。
娘は障害もなく勉強もできてほっとしています。
【当時】
31歳・専業主婦




【大変だったこと】
赤ちゃん育児で大変だったことは、赤ちゃんがとにかく退屈をしないようにと、いろいろなおもちゃを使って遊んであげたり、読み聞かせをするのが大変でした。
一人遊びができるまでは、赤ちゃんが起きている間は、とにかく相手をしてあげないといけないと思っていたので、音のなるおもちゃ、手で触って遊ぶおもちゃを駆使しながら、遊んであげました。
絵本の読み聞かせも、赤ちゃんだから言葉がわからないと思い込まずに、熱心に読み聞かせをしてあげると、赤ちゃんでも、言葉を一言、二言話せるようになります。
生まれてから半年までは、とにかく育児が大変でしたが、夫が家にいる時には、赤ちゃんと遊んでくれたので、よかったです。
夫は、いつも赤ちゃんを抱っこして、一緒にテレビを見ていました。
【当時】
31歳・主婦




【大変だったこと】
生後三か月あたり、夕方泣き?黄昏泣きという夕方急に火が付いたように泣き続ける現象に本当に精神的にボロボロになりました。
授乳しようが抱っこして家の中を歩き回ってあやそうが全然泣き止まずどんどんヒートアップしていく感じでした。
あまりにも泣くので何か体に病気があるのかと小児科を受診。
先生からはこのぐらいの子はよくあることなので乗り切りましょうと言われました。
家に赤ちゃんと二人きり、ずっと泣き続ける、精神的にどうしようもなくなりこのままだと赤ちゃんに手を挙げてしまうのでは
自分が怖くなりました。
誰かいれば気分が変わると思い近くに大きな公園があり抱っこ紐で抱っこして毎日一時間散歩に出るようにしました。
もともと犬をかっており
犬の散歩の知り合いが公園によくいるので散歩に出かけながら愚痴を色々聞いてもらいました。
中には毎日散歩で会うおばあさんは「こういう時期はずっとじゃないから
大丈夫よ」
と声をかけてくれるときもありました。
その後一か月半ぐらいで黄昏泣きは収まりました。
【当時】
31歳・主婦




【大変だったこと】
初めての黄昏なきは本当に辛かった
新生児期から確か3か月になる前くらいまで続いていた
毎日決まって夕方になるとギャン泣きして終わるのが大体夜の7時くらい
泣き疲れて寝落ちするまでずっと抱いて泣き止むよう揺らしてみたり歌ってみたり話しかけたり・・・
主人がネットで調べてくれた結果、黄昏なきだと判明し少し楽になった
後は沐浴も辛かった
病院で教わったように実践してみたら毎日ギャン泣き
十分に体も洗えず保湿も出来ず鳴き声で毎日、心が折れていた
ネットで沐浴のやり方を調べたが全く効果がなく主人がYouTubeで見つけたやり方を実践し
やっと泣かれずに一通り出来るようになったし子供もお風呂好きになってくれた
本当に主人に感謝
【当時】
31歳・専業主婦




【大変だったこと】
月齢が小さく3時間ごとに授乳をしていた頃は体力的にはしんどかったですが、子供自体は寝ていることが多いのでそこまで大変ではありませんでした。
むしろ色んなことに興味を示したり、自分である程度移動も出来るようになった7、8ヵ月頃からが本当に大変で、何かと口に入れたがる、つかまり立ちしては転んで顔を打つ、触ってほしくない所ばかり触り、行ってほしくない所ばかり行く、気に入らないことがあると大声を出すなど親の気持ちが休まる時間がほとんどなかったことが大変でした。
また当時は新居購入・引っ越しとも時期が被ってしまい、子供のこと以外にも考えなければいけないことが沢山あり、書類とにらめっこしているときにぐずられるとイライラしてしまう時もありました。
【当時】
31歳・育児休暇中




【大変だったこと】
特に大変だったのは、母乳育児です。
母乳育児にこだわっていたわけではないのですが、子供を産んだら母乳が作られるというシステムなのでとにかく出さないと乳腺炎になるし、大変でした。
母乳をださないとおっぱいが堅くなり、熱を出してしまう乳腺炎というキーワードは産後に知りました。
産む前は楽しい母乳育児を想像していたし、誰も乳腺炎について語ってくれる人もいなかったので、本当に予想外のことでした。
乳腺炎にならない為に、ケーキやバターや食べてはいけないものが沢山あって、ずっとおにぎりと大豆を食べる生活をしていた結果体重が36キロになってやせ細ってしまいました。
育児を続けることもはつらつさもなくなって、母乳育児を辞めることにしましたが、やめる時も乳腺炎との闘いがあって、もう育児をするというより自分との闘いでした。
母乳をやめてからはミルクにしたので自分の時間もできたし、時間を決めて食事をすることもできるようになったので、本当に楽になりました。
乳腺炎とは無縁の母乳育児をされている方からしたらなんのことかわからないと思うので同士を探すのも苦労しましたが、その時知り合ったお友達とは今でも仲が良いです。
母乳育児をしていて大変だった時期は家族も協力して心配してくれてとても心強かったです。
【当時】
32歳・専業主婦




【大変だったこと】
食事は一貫して、卒乳するまで大変でした。
好き嫌いも多く、食べる量も少ないため、体重もなかなか増えてくれなくて、どうしたら食べてくれるのか毎日考えてました。
しかも、成長するに連れ、自分で食べたい意志も強くなっていくので、遊ばずに食べさせるのがとても大変でした。
寝かしつけも夜間断乳が終わるまでは、夜中も何度も起きるくらい眠りが浅くて常に寝不足でした。
あと、主人が3交替勤務のため、子供に生活リズムをつけさせるのがとても大変でした。
主人が夜中に帰ってくるのがわかると興奮して、眠れなくなって、朝起きれずに、また次の日も寝るのが遅くなってと悪循環になったり、お昼寝の時間もなかなか定着しなかったので、生活リズムはいつも乱れていて、とても大変でした。
【当時】
32歳・専業主婦




【大変だったこと】
・寝ぐずり対応。
夜はもちろんだが、お昼寝すらもうまくできず毎回毎回ギャン泣き。
放っておくわけにもいかず、抱っこしながらスクワットやゆらゆらなど、身を削って対応したため、結果として私は体のあちこちに痛みがあり、心身ともに疲れてしまった。
・離乳食作り。
夜な夜な冷凍ストックを作り、今日は何をあげよう?昨日と同じだと可愛そうかな?などと毎日の献立を決めるのも一苦労、せっかく作っても食べてくれない時があり何なら食べるか考えすぎて疲れ果てていた。
・後追いが始まるとトイレに行くだけでギャン泣き、ごはんを食べてても足元にしがみつかれてギャン泣き、何をするにも落ち着いて自分のペースで行動できないことが大変だった。
【当時】
32歳・会社員(育児休業中)




【大変だったこと】
1か月の時に母乳を飲んでいて、胸が切れてしまって痛かったです。
それでも飲んでいるのでカバーを付けて母乳を飲んでもらっていました。
2か月の時にも睡眠不足で毎日毎日不安でした。
赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるとしんどくて、精神科に通っていました。
他の子たちは自分の親に来てもらっていて支えてくれているのに私は昔から親に大事になんてしてもらえなかったので、今でも恨んでいます。
自分で頑張って在宅ワークをしながら育児、家事をこなしているので他の子が羨ましいです。
コロナで外出も出来ないのでそこもつまらないです。
オムツから出てしまううんちの処理が大変でした。
ズボンをはかせても漏れてしまうときもあるので、掃除と洗濯が増えて大変です。
【当時】
32歳・フリーランス




【大変だったこと】
全然寝てくれない新生児期が大変だった。
何が正解で不正解か分からないまま毎日悩む日々が続いて辛かった。
旦那と2人での子育てだし、2人とも初めての育児で分からないことばかりだったからネットでたくさん検索したり喧嘩になったりした。
買い物や散歩でベビーカーに乗ったり車に乗せると泣くため可哀想に感じるが慣れさせる必要もあり、泣く子を連れ回しているようで辛く感じた。
すぐ泣いてしまうためスーパーで買い物したり電車に乗ったりするのも周りの目が気になって落ち着かなかったし行きたくないと思うこともあった。
夫婦喧嘩は確実に増えてしまって気まずくなることも多かった。
ネットで検索したら怖いことしか書いてないから調べるのをやめることにした。
【当時】
32歳・専業主婦




【大変だったこと】
泣いてしまっても帝王切開の傷が痛くても寝不足でも誰も面倒を見てくれなくても自分でやらないといけないのがしんどかったです。
生後すぐと3か月くらいまでがきつかったです。
赤ちゃんは必死に私にミルクやオムツを与えてほしくて泣いていますが、私も必死でした。
旦那さんは仕事で疲れてしまっていて、寝ているので自分でやっていかないといけないのが重荷でした。
泣くのでミルクを与えても量が多くてかなり吐いてしまったことが大変でした。
洗濯ものが増えてしまったりして自分のやることが増えてしまったことが大変でした。
在宅のお仕事もあるので育休を貰っているわけでもないので自分で稼がないといけないのが大変でした。
家事に育児に仕事に追われている毎日でした。
実家には帰れないので、皆が羨ましくて泣いて辛かったです。
【当時】
32歳・フリーランス




【大変だったこと】
とにかく始めて尽くしで、知識もなく赤ちゃんを育てていけるのかどうか不安もあったので、産後うつのような状態の時もありました。
実家が近いので母のサポートもありましたが、家事も育児もとなると特に子供が小さいうち(2?3ヶ月ごろ)は大変でした。
数時間おきの授乳やおむつ替えをしている上、家事もしながら、自分の睡眠時間も確保となるとそれだけで手一杯で、夫に一日家にいるのになんでできないんだと言われないようにはしていたものの、1日過ごすとぐったりでした。
夫は家のことだからということで、私に任せきりにしていた(してくれていた)のはいいのですが、産褥期の時に私に無理強いしたりするのでそれに対しての理解をしてもらうのにうまく行かなかったりして大変な時もありました。
【当時】
33歳・専業主婦




【大変だったこと】
新生児のころが一番大変だったように思います。
とにかく、夜中でも3時間おきに泣いて、眠い目をこすってミルクを作って飲ませるのが大変でした。
うまく飲んでくれないときは、夜中のミルクに1時間はかかることも。
寝不足で、昼間も常にぼーっとしている感じでした。
あるとき、あまりにも夜中起こされるので、
「うわああああ」
と叫んでしまったことを覚えています。
そのときは、ただならぬものを感じたのか、夫がミルクを代わってくれました。
(平日は仕事があるので、夫は睡眠を確保するため別室で寝ていました)
母乳が軌道に乗ってきた3か月頃から、夜中泣いたら沿い乳するようにしたら、ミルクを作るために起き上がらなくてよくなり、少しはラクになりました。
【当時】
33歳・専業主婦




【大変だったこと】
旦那は当時、夜の11時まで勤務をするような状態で、私自身は縁もゆかりもない地域に引っ越してきてのいくじだったので、いわゆるワンオペ状態でした。
食べてくれないこともなく、寝てくれないこともあまりなく、体調を崩すこともない、いわゆる育てやすい子だったのがありがたいです。
しかし、つかまり立ちをするようになったら、部屋のレイアウトを変えないといろいろ引き出されてしまうのが大変でした。
子どもがやってみたい!という気持ちを持つのはいいのですが、レイアウトを変えないといけないよと旦那に言っても全く聞かず、かといって勝手に変えると激怒するという始末でした。
子どもで大変だったというよりも、旦那の面で大変だったかと思います。
【当時】
33歳・専業主婦




【大変だったこと】
他の子と比べてはいけないとはいうものの、他の子に比べて、格別に育児が大変な子供でした。
とにかく、寝ない子、泣く子。
泣くというのも、癇癪のような泣き方で、場所かまわずおお泣き。
産院で仲良くなったママ友達(4人)はそんな我が子をわかってくれていたので、大泣きしても嫌な顔せずおおらかに対応してくれて、そこがあったので乗り越えられました。
ずっと大変だったので何か月が一番大変、というのがありません。


しかも旦那が育児に全く協力的ではなく、夜中に泣くと嫌な顔して、「うるさい!」と、外に飲みに出てしまったり、泣いている時は抱っこもしてくれず「おっぱいだよ!」と、赤ちゃんが育てにくいことは頑張れたけど、旦那がそこで協力的じゃないことにかなりのストレスでした。
【当時】
33歳・無職




【大変だったこと】
基本旦那が仕事でほとんどいなかったこと、旦那の家族は県外で、自分の家族のほうは、少しだけ離れたところにおり仕事もしていたので、たまに来てくれるくらいでした。
とにかく初めてなのでどうしていいかわからず子供と一緒によく泣いていました。
黄昏泣きのときは何をしても泣き止まず、1時間以上泣いておかしいとおもい、病院にいったら、泣き止んで診察してもらうときに、何もないのに診察に来た感じになってしまい、病院の先生には大変申し訳なかったと思っていましたが、先生が嫌な顔せず診察してくれたことにとても助かった覚えがあります。
買い物に行くのにもいつ泣くんじゃないかとか神経質になってしまい中々外も出歩くこともできませんでした。
【当時】
33歳・コールセンター(育児休暇中)




【大変だったこと】
新生児期の頻回授乳や夜泣きには、ものすごく体力を使いました。
夜中に泣いている子どもをあやしながらふと鏡を見ると、顔色は悪く生気がなく、髪の毛もボサボサ、着ている服もヨレヨレな自分が写っていて、1人で泣けてきました。
「あーーーー。
今日わたしはどこにも出かけずに、一日中この子におっぱいをあげてオムツを替えて寝かしつけて・・・この繰り返し。
これしかしていない・・・。」
と、世の中から置いてきぼりになった気分になっていました。
買い物に行く母がうらやましくなったり、家族の些細な一言に腹が立ってイライラして泣いてしまったり。
「産後鬱」は知ってはいましたが、他人事だと思っていました・・・。
が、見事に不安定でした。
今は今でイヤイヤ期が始まっていて大変なのですが、当時を思い出すと今はまだマシかなーと。
【当時】
33歳・教室講師




【大変だったこと】
生まれたばかりのころは本当に大変だった。
細切れ睡眠で精神的にも体力的にも辛かった。
里帰り中は家事も何もしなくていい反面、自分がガルガル期になってしまったことから、実母との関係が悪くなっ場面もあり大変だった。
里帰り後は夫の実家の近くに住んでいるので、実家から離れてまた実母との関係は元に戻る。
コロナで緊急事態宣言が出たときは、すべての場所が閉鎖されてどこにも行けない状況になった。
このときが一番辛かった。
住んでいる町に閉じ込められている感で、動きたい娘をどこに連れて行ってあげればいいのか、本当に精神的にまいる日々だった。
なんとかして娘を連れだして頑張っていたが、近くの地元の海岸も閉鎖されたときは本当にショックだった。
【当時】
33歳・専業主婦




【大変だったこと】
赤ちゃん育児で大変だったことは、やはり夜でした。
まず寝てくれないのはまだよいのですが、抱っこをしないと大きな声で泣く事でした。
ベットに寝かせるとまずだめで抱っこしてあやしていると泣き止みました。
なのでずっと抱っこしてあやしていたのですが、私の体力がもたず揺らし籠のようなものでゆらしてみましたら泣き止みました。
しかし、揺らしを止めるとまた大きな声で泣きましたのでこれもずっと揺らしておかなくてはいけなくて、とても大変でした。
それが3か月続きました。
当時住んでたのが、二階建てのアパートの二階でしたので下の階の方や周りの方々に迷惑をかけないようにと頑張っていました。
主人も仕事がありますので泣き声で起こさないようにと気を使っていました。
【当時】
34歳・専業主婦でした。




【大変だったこと】
私はロングスリーパーなので、とにかくきちんと睡眠が取れないことが1番辛かったです。
そのため、赤ちゃんが寝たら自分も寝るので、他のことが全然できないのも、地味に辛かった。
母は生活面ではすごく助けてくれましたが、育児のことは「全部忘れちゃった」という感じであまり助けにならず、夫も「男だからわからない」という昭和の人で、子供のことは全部私、という状況はなかなかのプレッシャーでした。
1ヶ月くらいはよく寝て手がかからない感じでしたが、そこからはずっと大変だった記憶ばかりです。
特にお座りできるようになるまでが、1番大変だったような気がします。
座って景色が見えたりすると、抱っこしてなくてもご機嫌にしている時間が増えたかなあ、という記憶があります。
【当時】
35歳・専業主婦




【大変だったこと】
現在進行形で育児をしています。
一番精神的、体力的にしんどかったのは新生児の時期です。
初めての出産で体もしんどいのに、赤ちゃんには3時間おきに授乳しなくてはいけなくて、睡眠時間が全然確保できませんでした。
睡眠不足でイライラしてしまって、旦那さんや手伝いに来てくれている母に当たってしまうこともしばしばありました。
母乳の出があんまり良くなかったので赤ちゃんがちゃんと栄養を取れているのか心配になりました。
それなのに、哺乳瓶を嫌がる時期(生後2か月くらい)があってどうしていいか分からず母乳外来に行ったりしました。
母乳外来で助産師さんに『おっぱい出てるから自信もっていいよ』と言ってもらえてからは授乳も楽しくなりました。
【当時】
36歳・会社員




【大変だったこと】
育児で大変だったのは何といっても寝かしつけです。
育児書などでは、出産前はあかちゃんといえば一日の大半を寝て過ごすという情報だったのに、実際蓋を開けてみれば、寝てもすぐ起きてしまうし、だっこでないと寝ないし、だっこで寝たと思ってふとんに下ろすとすぐ起きてしまうし。
お昼寝も、寝たと思ったら、音などで15分くらいで起きてしまったりして、赤ちゃんのそばを離れる時間がほとんど取れませんでした。
疲れたら赤ちゃんと一緒にお昼寝を、などと育児相談ではいわれますが、赤ちゃんが寝ないので、こちらもお昼寝などする時間がなく。
こんな状態が5か月頃まで続き、体力が持たない、と思い、だっこで寝かしつけるのをやめ、ふとんの上で寝かしつけるようにしました。
はじめはものすごく泣きましたし、そばを離れるとすぐに起きてしまったりしましたが、それでもだっこで腕が限界を迎えることはなくなったので、ずいぶん楽になりました。
だんだんとふとんで寝るのには慣れ、寝るときに泣くわけではなかったですが、なかなか寝ないことや寝付いても物音で起きてしまうのは相変わらずなので、気を遣いました。
【当時】
36歳・公務員




【大変だったこと】
産後は貧血があったので回復が遅く、フラフラな状態で初めての母乳は背中がこわばり痛みが酷く、とにかく辛かった。
生後3か月頃からすでに人見知りが始まり、外出したり人に会うとなかなか泣き止まないので外出が億劫だった。
お店や病院に一歩入っただけで、周囲の音などを敏感に感じ取ってギャン泣き。
あやしても泣き止まないし、声も大きい子なので周囲が気になった。
それでも慣れるだろうと連れて行ったが全然慣れないので外出をほぼ諦めた。
液体ミルクは当時なかったので、とにかくミルクとお湯がどのくらいいるか、どこで用意するか、どのタイミングで飲ませるかを考えて外出するのが大変だった。
夫も家族も協力的だったが、それでも大変だった。
【当時】
36歳・無色




【大変だったこと】
首が座るまでが抱っこも怖くて大変でした。
実家が近かったけどおっぱいが大好きだったので保育園に預けるまで誰かにあずかってもらうことが出来ず、ママべったりだったので一度義母に預けた時があったのですが、20分で泣きすぎて無理と言われてしまいました。
実家にも匙を投げられるくらい私の姿が見えないと火がついたように泣いて手が付けられないと言われていました。
ミルクを飲んでくれなかったのでなかなか4か月くらいからよく食べるのになかなか体重が増えず、食事も増やしてもなかなか増えなかったのが大変でした。
離乳食が始まってから食事に気を付けることが多くメニューを考えたり、好き嫌いもあったので全部食べさせる工夫をするのが大変でした。
【当時】
36歳・不動産営業




【大変だったこと】
海外生活中に出産、育児が始まり、初めての子育ては手探り状態でした。
休むこともなく毎日ワンオペで、話し相手も居なくて、孤独と戦いながらの毎日。
当時はケータイも自家用車もなくて、出掛けるのはトホでスーパーに行くくらい。
赤ちゃんを抱っこ紐で、またはベビーカーを押しての買い物で、体力的にもきつかったです。
気分転換する気にも慣れず、毎日家ですごすことが多かったです。
話し相手もいなかったので、愚痴を言う相手もいませんでした。
孤独と疲労と貧困層で精神的に追い詰められながらの育児がつらかったです。
保育園の空きも無いし、ベビーシッターに支払うお金もなくて、自分の時間を子育てにすべて費やしました。
主人も仕事d疲れていて、育児は全くしませんでした。
【当時】
36歳・専業主婦




【大変だったこと】
ずっと大変だったが、11ヶ月くらいが一番大変だった様に思う。
病気ではじめて入院して、どうなるのか不安だった。
2週間くらい付きっきりだったので、体力も精神もぼろぼろだった。
退院しても病気ばかりして、大丈夫なのか、どうしたら良いのかわからなく、頼る人もおらずとても不安だった。
帝王切開だったので、自分の事も大変で、最初の頃も不安でいっぱいだった。
離乳食の作り方や何で泣いているのか、ミルクを噴水の様に吐いたりしたが大丈夫なのかとか、爪はどうやって切るのかとか調べるのが大変だった。
ほとんど自分で育児書を読んだりして、勉強していた。
知り合いもいない為、それが正解なのか分からず、不安でいっぱいの育児だった。
【当時】
36歳・専業主婦




【大変だったこと】
生後半年すぎるまでが一番大変でした。
赤ちゃんの寝る時間が1時間や2時間なで細切れなので、まとまって私が寝れないのが本当に辛かったです。
特に夜に寝てくれないのが本当に辛くて、でも夫は仕事があるので頼れないし、夜に実家や義実家も頼れないし、自分一人で背負い込んで対応していたので、身体的にも精神的にも本当に辛い時間でした。
窓の外を見つめながら、早く朝にならないかと朝日が待ち遠しい日々でした。
さらに、夜に寝ない上に理由もなく泣き続けられると私もイライラが止まらなくなるし、まとまって寝れていないので精神的な余裕も少なく、私まで泣きたくなっていました。
生後半年頃を過ぎると4時間くらいまとめて寝てくれるようになったので、私も連続して4時間寝れると疲れのとれ具合が全然違うので本当に体が楽になりました。
【当時】
37歳・専業主婦




【大変だったこと】
当時は夜が来るたびに夜泣きが怖く、気が滅入って居ました。
今思えば少し鬱の状態だったかと思います。
我が家は1歳と8ヶ月の頃まで、夜泣き癖がありました。
その頃の就寝ルーチンはだいたい、布団に横たえるだけだと寂しがって泣き出すので、母乳を飲ませながら寝かしつける(いわゆる「添い乳」)30分くらい添い乳してようやく寝つくので親も寝る。
203時間後くらいに泣き出す。
母である私のみが夜泣きに気づき起きる。
湯を沸かし粉ミルクを作り哺乳瓶で飲ませながら寝かしつける。
(乳の調子が良ければ添い乳の場合もあり)。
その後は調子がよければこの後は朝まで寝てくれるが、場合によってはこれを後102回繰り返す。
気がつけば外が明るく朝を迎えることもしばしば。
【当時】
37歳・フリーランスデザイナー




【大変だったこと】
2ヶ月目に完全母乳にしてすぐ、乳腺炎になったことです。
1回目はおっぱいが赤く腫れて痛くなり病院に行って薬をもらいました。
2回目は痛みに加えて発熱もあり、コロナ禍なのでひやひやしながら病院に行きました。
それからは、母乳でおっぱいが詰まらないように、定期的に搾乳するようにしてました。
出した分だけ作られてしまうということで、搾乳しすぎないようにというのもあり、軌道に乗るまで大変でした。
食生活も関係あるということで、ファーストフードやジャンクフードは我慢し、バターが強いお菓子は少しだけなど、気にして食べるようにして、その後の再発は防げました。
卒乳時も、おっぱいが出てないのに吸われることで、もう少しで乳腺炎になりそうなところでした。
【当時】
38歳・主婦




【大変だったこと】
生後6か月を過ぎると、発熱や下痢の病気が増えました。
そのたび小児科に連れて行き、看病し治ったと思ったらまた発熱の繰り返し。
一番大変だったのは保育園に入園した生後8か月以降から2歳くらいまで。
保育園からもらってくる病気がとても多く、心身ともに疲れ切りました。
私も時短勤務で復職していたものの、あっという間に有休は消えてなくなり、夫にも休んでもらい交代で看病をしました。
それでも、貰ってくる病気の数は増える一方。
目に砂が入ったとか、転んで頭を打ったとかで保育園から会社に電話がかかってきて、その都度早退しお迎え、病院のループでした。
正直「職場から見放されるかも」と思いました。
それでも稼がなくてはと思い、同僚や上司に頭を下げて休みをもらいました。
夫も同様に会社で頭を下げて看病休暇を取っていて、夫婦揃ってぐったりしていました。
【当時】
40歳・団体職員(育児休暇中)