愛すべき小さい怪獣と泣きながら戦い続けた勇者と、その仲間の、成長と感動の物語

【赤ちゃん育児体験談】愛すべき小さい怪獣と泣きながら戦い続けた勇者と、その仲間の、成長と感動の物語

【自分の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
23歳
【自分の職業】(赤ちゃん育児の当時)
専業主婦

【夫の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
32歳
【夫の職業】(赤ちゃん育児の当時)
会社員

【住んでいた住宅と環境】(赤ちゃん育児の当時)
主人の実家から徒歩5分圏内の団地です。
主人の地元のため、良くしてもらっていましたが、同世代の人はおらず、心細かったです。

【里帰り出産について】
東京から神戸へ嫁ぎ、神戸で出産したため、里帰りはしていません。





【性別】
女の子
【兄弟姉妹】
初めて産んだ子どもで、右も左もわかりませんでした。
【赤ちゃんの性格】
とにかくよく泣く赤ちゃんでした。
ママっこで主人や祖父母ではすぐ泣くし、抱っこでようやく寝かしつけても布団におろすとビクッとなり再び大きな声で泣き出すなど、とても繊細な赤ちゃんでした。




【寝かしつけの工夫】
私(母親)に密着していないと眠らず、抱っこ紐をつけたまま眠っていました。
そのため、私が布団で体を伸ばして眠れることは子どもの月齢が小さいうちはほとんどありませんでした。
月齢が大きくなってくると、母乳を飲みながら眠るようになってきてくれたので、一緒に横になって、母乳を飲ませながら眠りました。
そのため、私は冬でも上半身が出たまま眠っておりました。




【おむつ】
新生児の間はパンパースを使っておりました。
(産婦人科でプレゼントされたもの)
その後は安くて量のあるマミーポコを使っておりました。
特におむつかぶれなどのトラブルはありませんでした。
マミーポコは、他のおむつより比較的安いところが多いと思いますが、特に問題なく使えるのでオススメです!




【母乳とミルク】
完全母乳でした。
ミルクも飲んで欲しかったのですが、子どもが哺乳瓶のゴム口を受け入れず、ミルクは断念しました。
そのため、私の体調が悪い時でも、主人に面倒見てもらっている時でも、おっぱいは必須でした。
主人と方針を決め、1歳になったら断乳することをあらかじめ決めておりました。
最後のおっぱいを嬉しそうに飲みながら、上目遣いで私を見ている子どもを見ていると涙が出てきました。
「これが最後のおっぱい」そう思うと胸がいっぱいになりました。
卒乳(我が家の場合は断乳)を決めた晩は眠れないと覚悟をし、夜までは体力温存に努めました。
おっぱいで眠っていたので、案の定抱っこだけではなかなか眠りません。
抱っこ紐で揺らしながら、子どもがひたすら泣いても暴れても、じっと抱っこをし続けました。
おっぱいがない、という点では主人も同じなので、代わる代わる抱っこをして一晩を過ごしました。
子どもは夜中に何度か泣き疲れてウトウトすることもありましたが、私も主人ももちろん眠れず明け方にはグッタリしておりました。
睡眠以外でいうと、おっぱいが張ることがとても辛かったです。
絞り出しすぎると、「赤ちゃんがまだおっぱいを必要としている」と身体が感じて、母乳を分泌してしまうとのことで、あまりに張ってどうしようもなくなった時に少し絞り出す程度にして、なんとか張りを耐え抜きました。
そうして3日ほど過ぎると、ようやく卒乳です。
全く同じ方法で、以下3人も無事に卒乳することができました。




【離乳食】
6カ月ごろから離乳食を始めました。
おかゆなどはたくさん作り、製氷皿に入れて冷凍をしておりました。
野菜、イモ類は大人のみそ汁やスープと一緒に柔らかく煮て、包丁やフードプロセッサーで細かくして、一食分ずつ冷凍にしておきました。
ストックがない時や疲れているときは、ドラッグストアなどの既製品はとても重宝しました。
普段食べない味で子どもも喜んでいました。
また、外出時や外食時にもベビーフードは便利で、主食・副菜がセットになっているものなどがあり、選ぶのが楽しかったです。
期間や保存場所、取り分けるスプーンを清潔なものにする、など衛生面には気をつけました。




【大変だったこと】
・公共交通機関に乗ること
・寝かしつけ
・子どもと二人だけの生活に行き詰まること

【具体的に言うと・・・】
@公共交通機関に乗ること
病院に連れていくにも、買い物に行くにもバスに乗らなければならなかったので、初めはベビーカーと抱っこ紐とどちらを使えばいいのかもわからず、本当に苦労しました。
荷物をたくさん乗せるにはベビーカーが便利なのですが、急に泣き出した時やぐずったときにすぐ抱っこ出来ないので、乗り物に乗るときは基本的には抱っこ紐でした。
ベビーカーがあると、重かったり、場所を取ってしまったりで、とても肩身が狭く、エレベーターが設置されていない駅では本当に大変な思いをしました。
A寝かしつけ
本当によく泣き、夜泣きも多い子どもだったので、1歳過ぎるあたりまではぐっすり眠れた記憶がありません。
印象に残っているエピソードとしては、当時あまりにも眠れず、フラフラで子どもを抱っこし、立ったまま眠っている私を見て、主人が代わりに子ども抱っこをして、近所に散歩をしに行ってくれたことです。
静かになった部屋で、ゆっくり眠りに落ちていく私の耳には、遠くのほうで泣いている子どもの声でした。
多分夜中の2〜3時頃だったと思います。
1時間ほど散歩をし、静かに眠った娘を抱っこしながら主人は眠りについたそうです。
あの時の私はたぶん、本当に久しぶりにぐっすりと布団で眠ることができました。
主人には本当に感謝です。




【当時の心境】
子どもは可愛く親バカなくらい溺愛していたのですが、一度泣き出すと本当に止まらない子どもで、抱っこしてものけ反り、おっぱいをあげても飲まず、おむつでもなく、何が原因なのか全くわからないときがありました。
その時は本当に辛く、主人も仕事で不在、家に子どもと二人きりで、どうしていいかわからず、とにかく子どもの泣き声を聞きたくなくて、子どもとは別の部屋の押し入れに30分くらい耳を塞いで逃げ込んだことがありました。
周りに相談できる友達もいなかったので、一人で抱え込んでいました。
他のお母さんはできている(はず)のに、なんで自分だけできないんだろう、と辛かったです。




【夫の手助けと関わり】
主人はとても協力的でした。
お風呂やおむつなども嫌がらずやってくれてとても助かっていました。
ただ、子どもがママっこなため、どうしてもパパは嫌!な時もあったので、代わってほしくても代われないことがしばしばありました。
子どものことだけでなく、私の話し相手にもなってくれたので、いろいろ子育ての不安や愚痴を聞いてもらいました。
ただ、変にアドバイスされたりするとイラっとくるときもありましたけど(笑)




【工夫と便利グッズ】
赤ちゃんグッズでは、バンボ、抱っこ紐、お風呂椅子、無印の大きいビーズクッションがとても役立ちました。
バンボはとにかく車ではどこでも持ち運び、外食(今でこそいろんなお店に置いてありますね)、公園、親戚の家など、子どもを座らせるのには重宝しました。
抱っこ紐は、外出時はもちろん、家で家事をするときに、背中に背負って、洗濯、食事作りなどをしました。
泣かないし、寝てくれるし有難かったです。
お風呂椅子は、一人で子どもをお風呂に入れる際に便利でした。
リクライニングが調整できるので、新生児から、つかまり立ちするくらいまで長く使えました。
無印の大きいビーズクッションは、寝かしつけをするときに本当に重宝しました。
子どもを抱っこ紐で抱っこをしたまま眠っていたので、布団に横になると子どもがうつぶせの状態になってしまうので、私のからだがちょうどよく沈み込み、もたれかかることで、子どもも私も安心して眠ることができました。





【強烈な思い出】
子どもが1歳半ごろ、家の中で転び、テーブルで顔をぶつけて、泣きながら血まみれになっていたことがありました。
パニックになり、傷口もよく見ることができす、とりあえずタオルでおでこを押さえてバスに乗り、小児科へ向かいました。
バスの中では、血まみれに泣き叫ぶ子どもを見て、乗客、みな驚いていたと思います。
(焦っていて、タクシーに乗る発想はありませんでした)
小児科で診てもらうと、ちょうど眉毛の上をパックリきっているとのことでした。
縫う必要があるかもしれない、こちらでは診れない、とのことで、紹介状を書いていただき、再びバスに乗りバスで別の病院に向かいました。
向かった病院で、生まれて初めて縫ってもらいました。
子どもも私も落ち着いたころには、半日以上経っていた気がします。
今でも娘の眉毛はそこだけ少し生えてきておりません。




【後悔してること】
夜泣きが酷く、本当に眠れなくてストレスが溜まっていた時に、生後半年ほどの子どもをクッションにポスっと放りなげたことがあります。
クッションは柔らかいから、力入れて投げないから、そう思って何か吹っ切れた感じがあったと思います。
幸い主人がすぐ抱き上げ、抱っこして泣き止ませようとしてくれましたが・・・。




【嬉しかったこと】
生まれてきてくれたこと、初めて指を握ってくれたこと、笑ってくれたこと、可愛い歯が生えてきたこと、離乳食をほおばっていたこと、寝返りができたこと、ハイハイで私を追いかけてきてくれたこと、「まーまー」と言ってくれたこと、つかまり立ちして私の方へ歩いてきてくれたこと、お餅を担いで泣きながら尻餅ついて、でも頑張って私のところまできてくれたこと。




【現在】
あれから12年経ちました。
本当に大変だった一人目育児が落ち着き、あっという間に4人姉弟になりました。
妹はあんまり泣かないけど、癇癪もちで、本当にトラブル続き。
今は学校に行ったり行かなかったり。
そんな自由人です。
弟は穏やかだけど、最近少しずつ反抗期です。
一番下の弟はまだまだ甘えん坊。
あれこれやってのかまってちゃんです。
長女は昔から考えられないくらいお姉さんになって、妹や弟、そして私の一番の味方になってくれております。
大変だった赤ちゃん時代の子育てと違い、新たな悩みや問題が出てくるかもしれませんが、大変だった赤ちゃん時代の子育ては私の母親としての基礎を作った気がします。
長女主人と家族に感謝です。



【当時の自分へのアドバイス】
「今が一番かわいいときね」と本当にたくさんの人生の先輩から言われてきました。
でも、当時の私には、その時しか見えておらず、周りの子育ての先輩の言葉を聞く余裕がなかったと思います。
今の私が昔の自分に声をかけられるなら、まずこう言います。
「絶対に大丈夫だから安心して」と。
子育ての方法を経験し知ってきたから知識として伝えられることもあると思いますが、それよりも何よりも
「二度と戻らない今の時間を大切に」と言いたいです。
もし将来の自分が今現在の私を見ていたら、きっと同じことを言うと思うので、私はこれからの育児も、一つずつ大切に胸に刻んでいきたいと思います。