孤軍奮闘、ちょっと変わった息子と懸命に生きた、ありがたい、愛しい幸せな日々

【赤ちゃん育児体験談】孤軍奮闘、ちょっと変わった息子と懸命に生きた、ありがたい、愛しい幸せな日々

【自分の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
31歳
【自分の職業】(赤ちゃん育児の当時)
専業主婦

【夫の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
32歳
【夫の職業】(赤ちゃん育児の当時)
サラリーマン

【住んでいた住宅と環境】(赤ちゃん育児の当時)
会社借り上げの社宅アパートでした間取りは2Kでした。
新しくできた駅のすぐ近くで、あいさつ程度の近所づきあいでしたが、
静かな環境でした。

【里帰り出産について】
里帰り出産はしていません





【性別】
男の子
【兄弟姉妹】
初めての子供。
【赤ちゃんの性格】
満期産でも未熟児で、とにかく夜泣きがひどかったです。
なぜかお風呂に入るときも大泣きで、夫婦でいつも必死に頑張って育児していました。
抱っこしていないと泣いて寝てくれなかったので毎日疲れていたのを今でも覚えています。
わけあって実家には頼れませんでしたので、頑張って初めてのママをやっていました




【寝かしつけの工夫】
前述ましたが、夫婦で交代で抱っこしながら寝かしつけていました。
当時はやっていた子宮内の音のCDを聞かせたりもしました。
夫が胡坐をかいて座り、そのうえで揺らしながら寝かしつけるがよくありました。
とにかく抱っこして安心させてやりました。




【おむつ】
産婦人科にいたときからパンパースでした。
おしっこをした後もほかの紙おむつよりはさらっとしていたと思います。
いろいろはた召しませんでした。
少し他のものより高かったけれどかぶれたこともなくよかったと思います。
布はいろいろと大変で試してみたかったのですが、よくおむつの状態を見てこまめに変えて紙おむつで通しました。




【母乳とミルク】
未熟児だったせいかお乳を吸う力が弱く私も初めてだったので栄養をしっかり与えることが先決、と病院スタッフからのアドバイスもあり、粉ミルクも併用しました。
搾乳機も使いました。
初乳は大事ですし、飲ませてやれました。
徐々に粉ミルクの割合が大きくなりました。
明治の粉ミルクをずっと使いました。
やはり、病院のお勧めでした。
元気に育ってくれたのでよかったです。
卒乳は特に困りませんでした。
フォローアップミルク後、自然といろいろな味を覚え、ストローもすえるようになり、その辺りは苦労しませんでした。




【離乳食】
離乳食は5か月ごろから始めました。
おかゆをよく作りました。
ご飯を炊くときに炊飯器の中に湯呑を入れその中におかゆの分量の水とお米をいれ、一緒に炊きました。
おいしくできて上手に食べてくれたので冷凍保存もしました。
できるだけ手づくりにして素材の味に触れさせました。




【大変だったこと】
授乳後のゲップで吐いてしまう。
夜泣きがひどい。
ミルクを飲みながらウンチをしてします。
外界の刺激に敏感で大泣きしてしまう。

【具体的に言うと・・・】
ミルクを飲ませた後、ゲップをさせると吐いてしまうことが結構多くて栄養が取れているか心配でした。
吐かれると汚れものが増えていつも洗濯している状態でした。
私が腰を痛めてしまい動けなくなった時などはヘルパーさんに来てもらったりして乗り切りました。
よく泣くところは変わらず外出していてもすぐ泣いてしまうのでゆっくり外出ができなかったことが大変でした。
生後半年ぐらいが一番大変でした。
初めての育児で不安の方が多く、また、夫と二人きりの生活だったのでいろいろな人とかかわって育ててやれず不憫に思いました。
指差しも発話のゆっくりで赤ちゃんとは言えコミュニケーションがとりにくく苦労しました。
いまから思えば特性が強かったのかもしれません。




【当時の心境】
1人きりの子育てに感じてとても不安でつらっかです。
成長や反応もほかの子と違っているようでしたし、寂しい育児でした。
でも息子はとてもかわいく、いつも触れ合って機嫌のよくなるように楽しく過ごすようにしました。
いろいろな人とかかわって息子を愛してほしいと願っていました。




【夫の手助けと関わり】
夫はよく助けてくれました。
当時では珍しい育休を取って産後はケアしてくれました。
初めての子がかわいくてうれしかったらしく、よく抱っこをしたりあやしたり自慢の息子のようでした。
私より体も大きくしっかり抱っこしてくれるので子供も安心していました。




【工夫と便利グッズ】
役に立ったグッズは幼児用エプロンでした食べこぼしがキャッチできて水分のしみにくい素材のものが重宝しました。
眠るときはおしゃぶりが役に立ちました。
ベビーシッターさんもありがたかったです。
特にお料理が得意な方でいろいろ教えてもらえたり息子をかわいがってくれたのでうれしかったです。
近所のコミュニティハウスで遊べるようになったときはママ友もできて世界が広がりよかったです。




【強烈な思い出】
出産後、主人のお母さんに出産を報告しました。
とても驚いてそして喜んでくれました。
早速いろいろなお祝いがうちに届きおばあちゃんに会わせてやれると思いました。
しかし、夫と父親の関係が悪く義母は息子に会うことができませんでした。
義母も会うことをとても楽しみにしていたのですが・・・でも電話や手紙のやり取りはでき、息子へのプレゼントは沢山いただきました。
息子は赤ちゃんなので当然理解できませんが、愛してくれる人がいて幸せだったと思います。
夫と義父の関係が良くなればいつか会えるだろうと思い、きちんとした子に育てようと強く思いました。
夫も複雑だったと思いますが自分が父親だ、としっかり腹をくくったようでした。
マイナスには考えず、子育てをしました。




【後悔してること】
優しい語り掛けが少なかったこと、お歌をあまり歌ってやれなかったことを後悔しています。
穏やかな時間の共有がすくなっかたと思います。
ゆったりした笑顔の少ない子供にしてしまいました。




【嬉しかったこと】
優しくない母親だったと思いますが抱き着いたり、あやすとけらけら笑ってくれたり、小さくて暖かい体を抱きしめたときなどはたまらなくかわいかったです。
やっと眠った寝顔はものすごくかわいかったです。
二人きりの時間が多かったですがそれだけ十分触れ合えたことが今ではうれしかったことです。




【現在】
息子は成人しました。
妹と弟ができました。
一人ひとりとても個性的な子どもたちです。
長男は特性が強かったようで子育てはかなり大変でした。
人間関係で苦労をしましたが知能は高いほうで努力を重ね家族を支える力を身に着けました。
一緒に乗り越えてきたので強い反抗期もありましたが信頼関係・きずなはとても強いものになったと満足しています。
夫へも感謝しています。
母親をとても大切にしてくれて、時間の許す限り私の手料理を楽しみにして一緒に食べてくれるのが今の家庭の楽しみです。
後悔もありますが、穏やかに満足しています。



【当時の自分へのアドバイス】
心配しすぎたり、自分を責めないことをアドバイスしたいです。
歌いかけ、声掛け、読み聞かせ、優しい声をいっぱい聞かせてあげてね。
人目を気にしないで、わが子をただただ愛していればいいといってあげたいです。
怒りすぎないこと、ゆったりと育児をしてほしいです。
特性は才能ですよ。
嫌がること、怖がることは無理強いせずゆっくり導いてあげてね。
大好きな電車をとことん好きでいさせてあげたことは偉い!彼の宝になっているよ。