夜泣き、黄昏泣きなぜ寝ない。お願いママを寝かせて〜

【赤ちゃん育児体験談】夜泣き、黄昏泣きなぜ寝ない。お願いママを寝かせて〜

【自分の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
当時31歳
【自分の職業】(赤ちゃん育児の当時)
主婦

【夫の年齢】(赤ちゃん育児の当時)
当時30歳
【夫の職業】(赤ちゃん育児の当時)
会社員

【住んでいた住宅と環境】(赤ちゃん育児の当時)
賃貸の一戸建て。
夫婦2人と犬。
近所は住宅地。
田舎なのでマンションは少なかった。
近所の人とは普通に挨拶や雑談をする程度。
引っ越して間もなかったので知り合いは
あまりいなかった。

【里帰り出産について】
していない。
母に来てもらった。





【性別】
女の子
【兄弟姉妹】
初めての子供
【赤ちゃんの性格】
夜泣き、黄昏なきが酷く、寝つきも悪くどんどん私自体がうつ状態に。
保健所の育児相談サービス電話や保育園などの育児相談センターみたいなところにすごく
お世話になった。
その時にとても育てにくい子ですといわれました。
ちょっと発達の障害も疑われました。




【寝かしつけの工夫】
寝かしつけても、授乳しても寝ない。
おんぶしても抱っこしてもねない。
寝たと思いベットに寝かせるとギャン泣き。
最後はもうあきらめてずっと抱っこを数時間。
やっと寝ても2時間しないうちに起きる。
月齢が上がり授乳量が増えてくるにつれて少しずつ寝る時間が長くなったと思う。




【おむつ】
オムツはメリーズ。
通気性が半端ない。
着ている洋服も湿っぽくなってました。
パンパースはハイレグ過ぎてうんちが漏れるしそして高い。




【母乳とミルク】
100%母乳。
母乳は楽だけれど卒乳児期に近づくと母乳があまり、搾乳してもなかなか調整が難しく乳腺炎で40℃の発熱。
その後も母乳に血が混ざり病院にしばらく
通院した。
卒乳は離乳食量が増えた1歳2か月ごろ。
あっさり卒乳してしまい少し寂しく思いました。




【離乳食】
離乳食は教科書どうりに5〜6か月ごろ。
唾液の分泌がよくなってスタイをよく交換するようになって。
はじめは緩いおかゆから。
野菜類、果物、白身魚、肉類、黄身などの
順に。
外食時は食中毒を考えて見栄を張らず既製品のレトルト。
夏場は作ったものを持ち歩くよりも安全です。




【大変だったこと】
・寝つきが悪く親がいつも寝不足で余裕がない
・どうしても育児ばかりになり自由がなくなり精神的につらくなる。
・急な赤ちゃんの病気など初めてのことに動揺

【具体的に言うと・・・】
生後三か月あたり、夕方泣き?黄昏泣きという夕方急に火が付いたように泣き続ける現象に本当に精神的にボロボロになりました。
授乳しようが抱っこして家の中を歩き回ってあやそうが全然泣き止まずどんどんヒートアップしていく感じでした。
あまりにも泣くので何か体に病気があるのかと小児科を受診。
先生からはこのぐらいの子はよくあることなので乗り切りましょうと言われました。
家に赤ちゃんと二人きり、ずっと泣き続ける、精神的にどうしようもなくなりこのままだと赤ちゃんに手を挙げてしまうのでは
自分が怖くなりました。
誰かいれば気分が変わると思い近くに大きな公園があり抱っこ紐で抱っこして毎日一時間散歩に出るようにしました。
もともと犬をかっており
犬の散歩の知り合いが公園によくいるので散歩に出かけながら愚痴を色々聞いてもらいました。
中には毎日散歩で会うおばあさんは「こういう時期はずっとじゃないから
大丈夫よ」
と声をかけてくれるときもありました。
その後一か月半ぐらいで黄昏泣きは収まりました。




【当時の心境】
とにかく話し相手や愚痴を聞いてくれる人アドバイスをくれる人がいなくすごく孤独だったと思います。
実家も遠く頼る人もいなく旦那は職場の通勤が遠くなかなか
帰ってこないし家事もしないし育児も手伝わないのでどんどん精神的に辛くなってました。
育児サークルにも参加したものの結局自分の子供と他人の子供の発達の違いを
目の当たりにしたりすでに出来ているママ友の輪だったりに馴染めずつらい思いばかりだった記憶です。




【夫の手助けと関わり】
オムツは土日だけ。
仕事が忙しかったので家事も育児もワンオペ。
でも家事は全然できないので下手に手伝ってもらってやり直しになり喧嘩も増えるので
あえて何もしないでほしかったのでその点はよかったかもしれない。
買い出しなどは手伝ってもらいました。




【工夫と便利グッズ】
親族がそばにいなかったので急用などで赤ちゃんを預けられないときに近所の普通のご家庭の保育ママを利用しました。
ちゃんと保育士の資格を持った方で家で見てもらえます。
あと赤ちゃんが寝ないとき、家事が終わらない、ご飯の用意ができないことなどは色々解決を考えたものの結論は「諦める」になりました。
ごはん作る時間なければ
買ってくればいい。
寝なければそのうち寝るから無理に寝かせようと努力しない。
無理をしすぎると辛くなるので無理しないことにしたらある程度楽になりました。




【強烈な思い出】
やっぱりバスなどの移動は迷惑がられます。
運転手さんは凄く親切だったのですが、周りの目は冷たかった。
田舎に住んでいたので皆自家用車をもちバスなんかで移動する
ママはほとんどいません。
都会育ちで免許を持っていなかったので普通にバスにのっていたのですがベビーカーは場所も取りますし乗るときに時間もかかり、運転手さんも
いちいちベビーカーを固定してくれるので時間がかかり年配のおじいさんから「タクシーで出かけろ」といわれてしました。
自分ももし急いでいるときに子供がいなかった
若いときに同じ状況ならば心の中でそう思ったかもしれないと思うし迷惑かけたなとも思います。
その後はタクシーを使うようになりました




【後悔してること】
寝なかったときに旦那に八つ当たり。
子供にも手はあげませんでしたが結構大声をあげてしまったかもとすごく後悔。




【嬉しかったこと】
子供の成長を目の当たりにしたとき。
寝がえり、ハイハイ、初めての喃語。
初めて立った時、あんよ。
初めてにたちあえたときは凄く感動しました。
あとはしばらく会わなかった人に子供の成長を誉められたときは凄くうれしいです。




【現在】
今その子は中一になりました。
あっという間に大きくなって寂しくも感じます。
いまは下の子もでき上の子の失敗を糧にしておおらかな育児をしてます。
下の子は余裕もあったのもあって性格がおおらかなのかな?とか思ったりもしてます。
夫はあまり育児にはかかわりませんが下の子はお風呂に毎日入れてくれるので助かってます。



【当時の自分へのアドバイス】
色々考えても仕方がない。
なるようにしかならないので一生懸命にならず流れに任せて育児をしていけばいいと思う。
自分の首を自分で絞めている可能性があるので
頑張りすぎない適当さって重要だよと思う。
教科書どおり、人の子供よりもできないことを悲観せずおおらかにこどもごとにちがっていいんだよと言ってあげたいです。